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2006年9月25日 (月)

現物と表現と見る人・聴く人

さてたまにはややこしいこといってみよー♪

たとえば写真 デジカメとフィルム

最短だと
デジカメ
現物⇒撮影者⇒デジカメ⇒ブリンタ⇒見る人

フィルム
現物⇒撮影者⇒フィルム⇒現像⇒プリント⇒見る人

多少ヤヤこしいので省いてあるが

現物⇒見る人
より中に多くの作為が存在する。

つまり
現物⇒表現⇒見る人
だろうか?

表現によって見る人の見方が変わってくる。
表現の手段によっても見る人の見方が変わってくる。

表現にとっても同じものを撮っても
見る人には別のものとして見えてくるはずだ。

フィルムとデジカメがどっちが有利かともいうのとはまた違う。
表現の仕方が根本から違う。
デジタルの信号を介してみる人に届けるか。
フィルムを現像して見る人に届けるかと思う。


たとえば音楽 クラシック

1.作曲家⇒譜面⇒演奏者⇒指揮者⇒録音⇒聴く人

2.作曲・演奏者⇒聴く人

コレなんかは特に
譜面⇒演奏者⇒指揮者⇒録音 の間に表現が
積み重なっていく

作曲・演奏者⇒聴く人
は「即興演奏」だろうか

別にどちらがいいとも悪いとも言えない。

中に手間がかかるほど表現の中味が変わってくる。

記憶がおぼろげだが
ストラビンスキー作曲の 「火の鳥」を
ストラビンスキー自身の指揮で放送されてたのを聴いたことがある。
いつも聴いていた「火の鳥」とだいぶ印象が違っていた。

さらにマーラーの交響曲
何番か忘れたが
楽譜の出版元で中味が違う。
どう言うわけで、そうなったかわすれたけど。

また時代の解釈でも
その表現の意味も違ってくるはずだ。

どっちがいいとはいえないはずなんだよなぁ。

なんでこんなこと書くって

そりゃまあ個人的な体験なんだけど
母校の高校の文化祭で
アフリカンシンフォニーやってたの聴いた。

自分らとの時と全く違う演奏だった。

観客としてでなくステージ上にもう一人の自分。
演奏者・表現者としてのかつての自分がいた。

違う、違うんだよ、解釈が。演奏が。

けど冷静に考えよう。

それが時代の流れというものだよ。
たぶん、きっと。

個人的には昔の表現の解釈が好きなんだけどなぁ・・・

話はもうン10年の前のこと。
高校での最後の文化祭の演奏です。

思い出
いや
重いでぇ ヾ(-д-;)ぉぃぉぃ

甘酸っぱい記憶というよりは
上履きのすえた臭いと
楽器の洗ったあとに出てくる「物体X」
のようなものです。

いいじゃあないの・・・

けど当時の関係者も見てますので
ボカシいれます 
イヤ━━━━━(*゚∀゚*)━━━━━ン!!!

そうそう、最後の演奏でしたね

たしかあれは
ディズニーメドレーでした。
もう「困ったときのディズニーメドレー」ヾ(-д-;)ぉぃぉぃ
コレで締めればうまく行く (¨ ) アノー

十八番の中の十八番です。

まぁソロとか見せ場もありますので
それなりに
「いいとこきたら自分が目立つ」
というカラクリがある曲です。

そしてタクト(指揮棒)が振り下ろされます。
ヴァァァァァン
経験上ウチらのバンドは
「最初と最後は必ずキメる」
という暗黙の了解がありました。

で中間は
(* ̄  ̄)b{ ひ・み・つ♪ )
というかなんとかしちゃいます ヾ(-д-;)ぉぃぉぃ

けど暗譜ですよ。

いつもの通り
指揮者にガンを飛ばしてます。
「勝負!!」
あのねぇ・・・

けどまあそんなもんです。

ステージ上から見る客席は
数々の「動員作戦」が効いたのか
体育館が満員・・・だったらいいのになぁー という
客の入りです。

まあご想像に任せます。
それなりに入ってました。お客様。

けど最後の曲ということで
なにやら雰囲気が違うのを
肌で感じてました。

聴いてる
ウチらの演奏

実際客席はよーく見えます。
あくびしようが
ねむってようが

けどやっぱり違います。

緊張感がこっちにも来たのか
ソロが
~~~~~((((((ノ゜⊿゜)ノあぁ
けど
必殺でなんとか持ちこたえます。
それも演奏のうちです。ヾ(-д-;)ぉぃぉぃ

関係者のみなさん突っ込まないで下さい
僕もハズしてコケましたから

なぜか
3年間のことが走馬灯のように蘇えります。

どういうわけか生徒会の副会長
実際には聖徒怪の伏怪鳥だったかもしれません。
いろいろありました。
いろいろ。

そういえば
野球の県大会でベスト16なんていうことも。
まだこの記録その学校でやぶられてないです。
ちなみに相手高は甲子園でその年準優勝だったかで・・・
4-3だったかで負けました。

しかし
県のローカルテレビが
「少ない人数でコノ音量とは」
といったそうです。
こちとら30数名
相手60名超・・・

いよいよ
最後の部分にかかります。
星に願いをの部分です。
何故かいつもよりゆっくりとしたテンポです。

なんだろう
コノ感覚

不思議な感覚に包まれました。

僕らは音になった。
音楽と一体となった。

キザに言うとそうかもしれません。

タクトが振り下ろされます
曲が終わりました。
女子部員には泣いている人もいます。
僕もなんだか熱いものがこみ上げてきます。

終わったんだ

時は積み重ならずに
濁流のごとく過ぎ去っていきます。

さて昔の自分が目の前に出てきたら
どう言うでしょうか?

「お前甘いんだよ!!!もっとふんばれよぉ」
多分そう言うかもしれません。

そして今の自分は悲しそうにこうつぶやくでしょう。
「ごめん、それが大人になることなんだよ」

そして昔の自分は今の自分に殴りかかってくることでしょう。

けど今の自分はさらにつぶやきます。
「なに、これから新しい曲を演奏するのさ」

いまでも僕は追いかけています。
頭の中でなりつづけていたバスの音を
現実のバスから出すために。
楽器は手元にないけれど
多分追いかけつづけています。

そして想いを
さまざまな想いを
綴るためにキーボードに向かっています。

(^ー^* )フフ♪
キレイにまとめたやろー
たまにはイイじゃん。

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